大震災後のおもな金融市場の値動き

価格を歪めた高速取引システム「荒れ狂ったマーケットの舞台裏」

「震源地はどこだ?」

 

3月11日2時46分、国内のヘッジファンドマネジャーは、東京・港区のオフィスで、すさまじい揺れに見舞われた。

 

揺れが収まるや否や、パソコンのキーボードをたたき、気象庁のウェブサイトを開いた。震源地は東北、そう確認したまではよかったが、即座に取るべき行動が浮かばなかった。地震を想定したシミュシーションは用意していたものの、大都市圏で起きた場合だけだったからだ。

 

「どうすればいいんだ」

 

3分後には気象庁が東北の太平洋岸に大津波警報を発令、いよいよパニックに陥り、なにも手につかなかった。

 

このマネジャーだけではなかった。たいていの投資家が、市場が開いていた残りの14分間、なすすべもなく、株価は何事もなかったように動かず取引を終えた。 だがこのマネジャーは、いやな予感がしていた。というのも、震災発生の数日前から日経平均株価の変動幅がやけに小さく、妙な安定を見せていたからだ。「ちょっとした材料でも、急速な下落に陥るかもしれない」。

 

予感は的中した。夕方になり、先物投資家が動いたのだ。詳細は後述するが、高速取引プログラムより、シンガポール取引所の夜間取引で日経平均先物が急落、一
気に1万円を下回った。

 

円相場はすぐさま反応を見せた。瞬間的には円安に振れたが、数分後には、過去の記憶が為替市場関係者の頭によみがえっていた。「有事のときはドル買いがセオリ
ーだが、阪神・淡路大震災のときは円高になった」それ以外にはなんの根拠もなく、こうした思惑だけでジリジリと円高に動き始めたのである。

短期の乱高下を助長したCTAのプログラム取引

一夜明けた12日に、東京電力の福島第1原千刀発電所1号機で水素爆発が発生するなど事態が悪化すると、外資系金融機関で働く外国人トレーダーたちがいっせいに
香港やシンガポール、あるいは母国へと逃げてしまった。「大使館から避難勧告が出ていたから、無理に引きとめることはできなかった」と明かす。

 

なかには日本から逃げ出したいがために、東京証券取引所に対して「市場を閉鎖してほしい」と身勝手な要求を出した外国人トレーダーもあったほど。だが、東証は「売りたい投資家が売れないことのほうが、むしろパニックを悪化させる」(別の外資系金融幹部)として応じなかった。

 

かくして幕を開けた週明けの東京市場だったが、やはり日本からの逃避は起きた。週末、世界中のメディアが「日本でチェルノブイリ級の事故が起きた」と報道。これを受けて一日中売りが続き、日経平均株価は1万円の大台を割り込んだ。だが、ここで現物株の下落を実需以上に助長させた犯人がいたのである。それが先物だ。

 

ヘッジファンドの一種、CTAは、先物とオプションに特化し、金融工学を駆使したロボットが94]時間体制で自動売買するファンド。ヘッジファンド全体の運用残高に占める割合はいまや13%を超え、リーマンショック以降、不安に駆られた市場で存在感を増しつつあったCTAが、この日から前日の安値を下回ると売り込む」という

 

プログラムを発動させたのだ。これにより、日経平均先物は日中取引で710円も下げたにもかかわらず、現物取引が終了した午後3時以降の夜間取引においても下げ幅を拡大させた。

 

あわてたのは個人投資家たち。彼らが先物を取引するために証券会社に担保として預ける証拠金は、1枚当たり約30万円。この証拠金は、先物の値が300円も動けば
一気に吹き飛ぶからだ。なかには億円単位の損失を出した投資家もあった。

 

証拠金不足が発生した際には、翌日の午前11時までに追加の証拠金を入金しなければ、証券会社は投資家保護のために強制売却で損失を確定してしまう。ところが、「億円単位の現金をすぐに用意できるはずがない」(個人投資家)。そのため翌15日以降、松井証券で35億円、カブドットコム証券で39億円もの損失立替金が突如発生したほか、ひまわり証券など業務廃止に追い込まれる証券会社さえ出た。

 

さらに、このとき執行された強制売却が、よりによって「福島原発が大変だ」という菅直人首相の会見での発言とタイミングが重なり先物価格が暴落、CTAがさらに売り込むという、狼狽売りを呼ぶ々スパイラルにはまり込む。

 

こうして先物価格は一時8000円を割り込み、大阪証券取引所は午前11時台に2度にわたって、過度な価格変動を制限するため取引を一時停止する「サーキットブレーカー制度」を発動、前代未聞の措置を余儀なくされた。

 

こうした先物の暴落に、現物株は大きく引きずられたのだ。前日比1015円安の8605円と、下げ幅・下落率共にリーマンショック後の2008年10月16日に次ぐ歴代3位を記録したわけだ。激しく動いた為替市場とて事情は同じだった。

 

ジワジワと円高が進むなか、ドル買いをふくらませていた個人投資家が証拠金不足に陥り、業者による反対売買が強制執行されたのは、日本市場がまだ眠りに就いていた17日早朝のこと。そこに、「更新前の円の戦後最高値付近まで円買いを進める」というCTAのプログラムが重なった。

 

ちょうどニューヨーク市場の夕刻という取引の薄い時間帯だったこともあり、わずか30分ほどのあいだに一気に量局値を更新、79円まで戻すという“フラッシュークラッシュ(瞬間乱高下)様相”を呈したのである。

 

CDS(クレジットーデフォルトースワップ)市場でも、“日本暴落”を想起させる動きが市場関係者たちを戸惑わせた。「来電のプロテクション(保険)を買いたい」震災発生当日、ある外資系金融機関のクレジットトレーダーにCDSを買いたいと電話をかけてきたのは、海外の投資家だった。

 

CDSとは、投資先の破綻による損失に備える保険のようなもの。破綻の危険性が高いと市場で見なされれば、CDSスプレッド(保険料率)が上がることになる。東電がつぶれることはまずないし、現物社債は安全資産と見られ、CDSスプレッドも普段は40ベーシスポイントときわめて低い。まさか買うわけがないと踏みながらも100ベーシスポイントを提示してみた。ところがその途端、「買い手がついたぞ!」と怒号が飛ぶ。

 

「まさか」トレーディングフロアは騒然となった。100ベーシスポイントとえいえば、東電の。安全神話々が崩壊したことを表す水準だったからだ。明朝には、改正貸金業法で業績悪化に苦しむアコムのスプレッドを一時超えたことが市場で話題を呼んだ。「破綻した武富士を担当しているような外国人デスクから、東電に関する問い合わせが大量に続いた」(前出のトレーダー。スプレッドは瞬く間に400ベーシスポイント台まで上昇し、トレーダーたちは恐怖を覚えたという。

 

本日の株式新興市場、為替相場は、世界的な景気減速懸念の強まりに伴う海外株安の流れを引き継ぎ、売り優勢の展開となりそうだ。ただし、景気敏感株への手掛けづらさが意識されるなど物色対象は乏しく、売り一巡後は消去法的にネット関連の押し目を狙う動きが継続することも予想される。FX投資家はこの円高に注意が必要だ。